島を住処に決めた先輩たち vol.1

食べることが好き。食べに行くのも、作るのも、

スーパーで買い物をするのも好き。

でもせっかくなら、食べ物の“一番最初”に関わろうと思った。

 

そう話してくれたのは、去年の8月より淡路島で暮らしている野田樹さん、志乃さん夫妻。
東京での都会暮らしから、なぜ淡路島に移住することになったのか。また、ここでの暮ら
しについて。海が見える「NPO法人島くらし淡路」の事務所で、ゆっくりと語ってくれた。

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【移住のきっかけは?】   

「農業をしたいと思った」

学校を卒業してから、アフリカやアジアへ国際協力を行う仕事をしていた野田樹さん。元々食べ物に興味があった樹さんは、農業協力の部署に。日本の技術者を呼んで現地の人に米作りなどを教え、農業のサポートを行っていた。日本からの出張の他、アフリカ2ヶ国(ルワンダ、ザンビア)に駐在していたとのこと。ただ、この時のように農業の仕事に携われるもあるが、部署が変われば会社の総務や人事の担当になることもある。そこでもっと、食べ物関係のことをつきつめたいと考えた樹さん。その後、農業関係のコンサルティング会社へ転職。海外で農業をしたい会社に対するサポートなどを行った。その会社で色々なことを勉強させてもらいつつ、農業に関する様々な立場を見られる機会があった、とのこと。

“自分はどういう立場になりたいのか”そういったことを考えるきっかけになり、

“じゃあ、自分で作ろうか”と。そんな中で移住も考え始めたと教えてくれました。

 

――奥さんの志乃さんは、どう思ったのだろうか。

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志乃さん:「私自身、何かに熱中したり、こだわったりしたことがない。農業をしたいという話を聞いても、ただ“やってもいいかな”と思った。実家が農家だったので、何の抵抗もなく受け入れられました。その中で、自分が楽しめるものが見つかったらと思って。」

と、ずっと朗らかに笑って話してくれる志乃さん。樹さんと結婚して、ルワンダに暮らしたことも。それでも「全然普通でしたよ」と、楽しそうに話してくれました。「私は楽天的でいい意味でもわるい意味でもあまり深く物事を考えないので(笑)、ターキー(樹さん)が提案してくれるのがありがたいんです」そう志乃さんが話す隣で、樹さんはニコニコと笑ってお茶を入れてくれました。

 

【どうして農業だったのですか?】

「シンプルに美味しいものを提供したい」

料理人や、レストラン経営、食品関係の中でも色んな職業がある中で、樹さんが農業を選んだのは“素材が大切”だと気付いたから。料理をするのが好きで、学生の時には料理人を目指そうと思ったことも。そんな中で”美味しくない素材を美味しくするのは難しい”と、だったら”美味しい素材を作るところから始めよう”と思ったそうです。

 

樹さん:「東京のスーパーには売られている野菜が限られていた。もっと種類があるし、もっと楽しい野菜がいっぱいあるのに。それは、流通にのせるために、もちやすいものとか、傷みにくい品種に改良したりとか。それは”美味しい”とは違った理由で作られたもの。だから、シンプルにただ美味しいものを家庭やレストランに届ければ、もっとみんなが楽しいのかなと思って、農業をしようと思った。」

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【淡路島を選んだ理由は?】

「色んな縁が重なって淡路島に決めた」

瀬戸内海の周りの色んな島を回った野田さん。その中で、淡路島で暮らすことを決意するのに何か決め手があった訳ではなかったそうです。生まれが大阪で、2人が知り合ったのも大阪。仕事も関西で2年ほどしていたことから、周辺に知り合いが多かったことも理由の一つ。京阪神から日帰りで簡単に来られる場所、そんな便利さも良かったと言ってくれました。

 

樹さん:「色々と見て行く中で、最終的には淡路島で色んな話を聞いてもらえて、また”ここはこういうところ”といった話を聞けたことが大きかった。ウエルカムな雰囲気で、人の良さも感じた。その話の中で地域おこし協力隊ってゆうのも面白そうやなと思って。とにかくずっと縁できていると思います。」

 

志乃さん:「自分たちが移住することの中で、子供の存在はとっても大きい。子供に対してもウエルカムに接してくれたことで、いいなと思えた。」

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【移住前に準備したことは?】

「農業をしたいということを周囲に相談した」

すぐに畑が出来るとは思っていなかった、と樹さん。まずは、どこか農業を練習出来る畑を借りることが出来たらいいなと思っていたそう。そんな時に“島くらし淡路”に所属している地元の方が「畑を使っていいよ」と言ってくれた。また、畑を耕すためのトラクターも同じ方に借りることができたとのこと。

 

樹さん:「人との繋がりで、想像していたよりも早めのスタートがきれた。そのことが非常にありがたかった」

 

と話してくれました。最初は5アールの畑、そして今では10アールを超える畑で作業をしているそう。実際にやってみないと分からないことが多い中、実際に作って、食べてもらって、そしてその意見をもらうなどを繰り返し、少しずつ進んでいけている、とのことです。

 

 

【今の仕事は?】

「午前中は畑へ、午後は島くらし淡路事務所で協力隊の仕事を」

今は、地域おこし協力隊のお仕事と、本格的に農業でやっていくための準備をしているとのこと。野菜作りを練習して、知り合いに送っているのだと教えてくれた。

「ありがたいことに、発注も頂いています」と志乃さん。慣れた手つきで、梱包作業をこなしていました。

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「農業がしたい」と移住を決意したが、1年を通して自分で栽培や販売をしたことがないので、とにかく分からないことだらけ。東京にいた時に、2週間に1回程度、電車で1~2時間かけて農家の人に教えてもらっていたが、気候や栽培方法も異なるのでやはりそれくらいじゃ分からない。本を読んだり、奥さんのパート先である農家さんで教わったり、とにかく毎日体当たりで農業に向かっている。そう語ってくれる樹さんの鞄の中には、今日もたくさんの農業関係の本が詰まっていた。

 

【実際に住んで思うことは?】

志乃さん:「東京にいた時より、気が抜けれる。気を遣わずにすんで、楽になったと思う。例えば、電車とかのマナーや決まり事が多いと感じていて、そういうのが今はない。ものすごく解放感がある。変なルールに縛られてなくて、周りの人もだいたいで許してくれることが多い。意外と人見知りだから、気を使って考えすぎてしまうことが多かったけれど、淡路島に来てそれが減ったかな」

 

そんな風に話してくれる志乃さんにも、子育てをしていて不便なこともあるという。

それは車がないと、どこにも行けないこと。それと、子供が自由に遊べる公園が少ないこと。「ただその分、保育園の園庭がめっちゃ広くて良いね」と言ってくれました。

 

樹さん:「まだ渦中すぎて、よく分からない。仕事が変わって、生活リズムやスタイルが変わって、そこに適応していく途中段階にいる。これがどうかって言われると、全部が手探りで、総括できるほどまだ暮らせていないかな。」

 

対照的な2人。志乃さんは、楽天的で”なるようになる”と思っていながら、旦那さんに考えることを任せっきりなのが申し訳ない、と。そして、樹さんは、自分が考えすぎるから、隣で「大丈夫だよ」と言ってもらえると安心する、と。お互いを思いやり、尊敬しながら絶妙なバランスが取れている、とても素敵な2人です。

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【淡路島で、これから目指すところは?】

「ゆくゆくは農業1本でやっていき家庭や飲食店で野菜をたのしんでもらいたい」

2人の当面の目標は、今の兼業農家をやっているうちに、どんどん慣れていって、農業1本でも生活できるようになること。自然を相手にする商売なので、季節やその年の気候によって変わる。「とても難しいけど、1年経ったら、もっと分かってくると思うから、とにかく1歩1歩、体当たりで進んでいこうと思う」と話す樹さん。そして、「まぁダメやったらダメで違う仕事をしてもいいしね」と微笑みながら話す志乃さんに、強さを感じました。

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【最後に移住を考えている人にメッセージをお願いします】

樹さん:「まずは、遊びに来てください。足を運ばないと雰囲気は分からないと思います。

やっぱり来てみるとイメージが変わるから。僕も(淡路島)“デカッ”と思ったし(笑)色々調べられる時代だけど、来てみないと分からないと思います。」

 

志乃さん:「海を眺めながら、心を解放しにきたらどうですか?(笑)」

 

淡路島に移住して、初めての夏を迎える野田夫妻。

日々、体当たりしながら畑と向かい合い、最高の野菜ができることを祈るばかりです。

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野田樹さん

野田志乃さん                           2017.5.26

 

【野田樹さん】

・淡路島での暮らし:10ヶ月

・年齢:30代

・出身地:大阪府

・移住前の居住地:東京都

・以前の職業:会社員

・現在の職業:地域おこし協力隊

農業 淡路島ファーム太陽と海

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